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最終日も良いコンデション!!

皆さん、今年のHintertuxが終わりました。

 

 

最終日にふさわしい天気に恵まれ雪質は最高のハードパック、予報は強風だったのが穏やかな一日となりました。

午前は奥の斜面から右の斜面に移動しレッスンよりフリー滑走を沢山しました。

斜面やスピード、回転弧などに馴れて課題をクリアした人が多く、次の課題に挑戦しています。

 

見ているとハッキリ分かるのが回転弧の描き方が進歩したことです。

回転弧の深さをレッスンしてから格段に滑りに厚み、迫力があります。

落ちるだけの滑りでスピードを楽しむのもスキーの醍醐味ですが、回転弧を極限まで深くして落ちる力に逆らいながら抵抗と釣り合う時、見えない力とやりとりしている時間は本人しか分かりません。

この抵抗とのやりとり(遠心力と求心力が釣り合った)を覚えたスキーヤーは幸せでしょう。

スキー技術の極みを感じた瞬間だから一段上の自分になった気持ちになります。

 

今回もこの極みを感じた人が沢山いました。

 

 

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全員の心が一つに!!

皆さん、今日は6日目天気予報は晴れから曇り雪に変わってガッカリしていましたが、思いの外良いコンデションで滑れました。

 

今日は回転弧の魅力をテーマにロングターンは「深回り」、ショートターンは大、中、小の3つの回転弧を描いてみました。

 

そしてその成果は?????

練習2回、3回目に心は一つに!!!

個性やリズム感の違う一人一人が周りに合わせようと心が一つになった結果です。

皆さん、良くやりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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晴れが戻りました。

皆さん、今日は快晴に近い天気でした。

 

気温は−8度前後ですが風が強く体感温度は−10度以上です。

昨日まで降った雪でハードパックが少なく午前は柔らかめの雪のコンデションです。

午前は奧の斜面でフリー滑走から撮影、皆さん気持ちよさそうに滑っています。

後半はメインの急斜面で撮影、幻想的な雰囲気の中で滑りました。

Hintertuxは他の氷河スキー上と比べ色々な方向に斜面があるので、同じ時間で日当たりと日陰があります。

 

午後は裏の斜面に行きました。

行く機会が少ない裏の斜面ですがこんな写真が撮れました。

 

   

 

   

 

 

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今日はブリザードの世界

皆さん、今日は朝から一日中強風で雪が舞い上がるブリザードの世界でした。

 

運が良ければ雪面が見えるけど悪いと白いカーテンが一瞬で視界を塞ぎます。

上の写真はよく見えているときのショット。

 

足下が見にくいコンデションを安全に攻略するために両足を前にして転ぶレッスン(笑い)

両足を体の前に出しながら転ぶとスライディングのようにショックが少なく転ぶことが出来ます。

目的はスキーの前後操作、運動です。

滑らかな円運動に欠かせないのが前後操作です。

回転弧と回転弧を繋げるのに効率の良いのが円を描く前後操作、運動です。

 

午後は氷河のアイスバーンを滑りました。

メインコースの最後の急斜面入り口まで露出した氷河がおよそ100m以上続き、回転弧を描くのにトライ。。。

無理、無駄、余計なことは一切通用しません。

本物の技術と攻略方法以外は1ターンも出来ません。

皆さんはもくもくとトライしてくれました。

結果はうまくいきませんでしたが、金曜日に今日よりうまく滑れると確信しています。

 

小林平康

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2日目快晴、3日目雪

皆さん、今日は3日目で雪でした。

 

昨日はアクシデントがありレポート出来ませんでした。

初日のランチで食べた物のせいか4人が体調を崩し、2人は朝から1人は昼から、もう一人は私で夕方からダウンしていました。

そのため、昨日のレポートが無いのです。

 

昨日は快晴で斜面のコンデションは最高、ー10度なので滑っていても寒さを感じるほど湿度も低かったようです。

斜面は最高に滑るのでちょっと油断するとスピードオーバーになります。

軸を中心に両足の円運動が試されるコンデションで各自が滑りの調整をしました。

 

午後は最高のトレーニングバーンです。

ブレーキングのショートターンから円を描くショートターンをテーマにしました。

スピードコントロールが出来なかった人が急斜面の最後までコントロールする滑りを見せてくれました。

夕暮れまで滑って人たちです。

 

 

今日は雪で午前は視界が良かったのですが、午後はガスも濃くなりレッスンでした。

Hintertuxの急斜面や氷河が露出しているアイスバーンをいかに攻略する遊びも取り入れて滑りました。

 

今日のランチです。

                           

  

 

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2018ヨーロッパスキーツアー初日

 

皆さん、今日はヨーロッパスキーツアーの初日でした。

 

羽田を出発し45分も早くミューヘンに到着、バスも快調で9時予定を8時前にバドホテル・キルヒラーに無事に到着しました。

今回の飛行機はルフトハンザ航空・羽田〜ミューヘン往復ともダイレク便です。

楽ですね。

 

初日のHintertuxは快晴です。

ここ数年運良く初日は快晴に恵まれています。

雪質は放射冷却されたハードパック、フラットな斜面が限りなく続いています。

本来、土曜日は午前中で起伏が出来てスピードが出しにくいコンデションになるのが、なんと夕方までフラットを維持していました。

 

午前の前半はコースインスペクションですが、コンデションが良かったので後半からはフリー滑走です。

午後は完全フリー滑走で結構滑りました。

 

明日も晴れ予報、月曜から火曜にかけて雪予報で水曜からまた晴れのようです。

火曜の雪が40〜50cmだったらコンデションに変化があり、中間駅まで滑れるようになるかもしれません。

 

今回は初参加の2人と現地参加1人、9人のお客様で残りに6日間を楽しみたいと思います。

 

 

小林平康

 

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お宝シリーズ−11 特集ありがとう小林平康

皆さん、1982年に私はデモを引退しました。

 

このタイミングでスキーグラフィック紙は私の特集を本紙に2号続けて掲載してくれました。

20ページほどの特集なので異例です。

実はこれまでスキージャーナル紙にお世話になっていたので、スキーグラフィック紙のオファーは断っていたのですが引退のタイミングで引き受けたのです。

編集長はじめ担当者の熱意はもの凄く私はタジタジだった記憶があります。

 

特集だったのでカラー写真を沢山採用してくれ、気に入った写真をご紹介します。

 

撮影場所は立山です。

12月の立山は自然が厳しく美しい山です。

大学時代は年に3・4回立山に籠もって合宿していました。

2年先輩の佐伯さんは当時立山・地獄谷にあった「房治荘」の息子にあたります。

 

立山は地形が変化に富んでいるので色々な方向に斜面があります。

したがって、撮影する場所と時間は朝日が昇って落ちるまで撮影できます。

モデルにとって過酷な場所(笑い)でした。

もちろんリフトはありません。

 

カメラマンはじめ編集の皆さんの熱意のせいかこちらも気合いが入り沢山滑りました。

雪質が最高のパウダー・光と影のコントラストが絶妙で、さらに斜面変化があるためスキー技術を見せるには世界でも類を見ない撮影場所です。

この時、立山には撮影チームが4組か5組いたと思います。

 

被っている「イカ帽」で時代が分かりますね。

スキーはカザマスキーの「GENESIS」私が基礎スキー界に転向するために作られたスキーです。

トップに5つの穴が空いています。

他のスキーと差別化するために採用された穴から、雪が「ところてん」のように飛び出してくるのを思い出す方もいらしゃるでしょう。

立山の雪は特別です。

風のない夜中に積もった雪は人間の身体が半分以上埋まるほどの柔らかさです。

しだがって、ターン中にスキーが40〜50cmほど埋まっているのでターン後半にスキーを浮かせて身体の反対に飛び出させるパワーが必要です。

このパワーが無いと深雪で大変苦労します。

下の写真はこのパワーと地形を利用して飛び出た瞬間を狙ってもらいました。

 

 

腰と足の位置を考えると飛び出した際、スキーを前方に「送り出す」動きがあり、この送り出しが深雪攻略の要で難しさでもあります。

現在は、ファットスキーである程度の技術で深雪攻略出来るようになったのでスキーの楽しみが倍増できたと思います。

 

皆さんも来るシーズンで、新雪・深雪に恵まれたら存分に楽しんでください。

 

この特集によって私の活動幅が増えてスキー技術を考える機会が増えました。

スキーグラフィック紙にはこの場を借りてお礼を申し上げます。

 

 

小林平康

 

 

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お宝シリーズー10 Tシャツ

皆さん、お宝シリーズも10回目になりました。

 

5回ぐらいで終わると思っていたのが、こんなにお宝があり10回を数えるようになりました。

今回はDVD「ターンを極める」発売に合わせて作成したTシャツです。

 

 

このTシャツはお客様のT夫妻がチームコバ特の記念に上の写真の似顔絵を見つけてTシャツにしてくれました。

その時は、チームコバ特のメンバーだけでしたが、DVDの発売に記念になるものとして採用させてもらいおよそ100枚作成したのです。

このブログを見ている方もDVDとTシャツを購入して頂きました。

今でもキャンプでこのTシャツを見かけます。

本当に有難いことです。

 

似顔絵ですが、雑誌が出て私は初めて知ったのでだれが書いたかは分かりません。

T夫妻がこの似顔絵を見つけるまで私も忘れていたのですから、宝物を見つけてくれたT夫妻には感謝、感謝です。

 

 

似顔絵の元となったのはこの頃と思われます。

1976年にレースから転向した年です。

上の滑りの写真は多分「緩斜面パラレルターン種目」だと思います。

 

両膝とスキーの角付け角を見るとズラそうとする動きです。

こんな不自然な動きなので点数は多分240〜250点くらいでしょう。

高速系と急斜面種目は280点だったから異常ですね。

カービングターンばかりしていた私にとってズラすことは至難の業(笑い)だったのです。

当時は中里スキー学校でトレーニングと教師をしていたのですが、暇なときは一般コースを1日中プルークボーゲンしていましたが、カービングプルークボーゲンになっていました。(笑い)

 

文書の最後に関 健太郎新潟県コーチが私をフローしてくれています。

大変お世話になった関氏は親切で面倒見の良い方でした。

関氏が所属していた浦佐スキー場によく行きました。

浦佐スキー学校の皆さんにもお世話になり思い出が沢山あります。

浦佐が無くなってしまいましたが日本の基礎スキー界を牽引し、多くのスキーヤーを育成したスキー場であることは皆さんもご承知の通りです。

 

Tシャツ1枚ですが思い出が沢山あり、今でも着てくれる方々いることは私にとって光栄であり感謝の気持ちで一杯です。

 

 

小林平康

 

 

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東京オフトレ打上げ

皆さん、土曜日は東京オフトレの打上げでした。

 

天気に恵まれてオフトレーニングは順調に終了してから、新宿に移動し「リキマル」に再集合。

今年初参加の方が3人もいましたが、横の繋がり合ったので全員で盛り上がることが出来ました。

 

話題はやはりスキーで色々な情報交換が出来ました。

初参加の方はレッスン方法に興味を持っていて、常連の方が熱心に教えてたりアドバイスをしてくれました。

 

オフトレーニングは体軸を中心にした円運動(同調運動)を主体に行ってきました。

円運動と次の円運動を繋げ、さらに円をスムーズに描くキーワードが「前後運動・前後操作」になります。

昨日はそのための基本となるバランスと運動量を行いました。

バランスを取って円運動である前後運動はコンパクトに行うことを力説しました。

 

 

東京オフトレーニングはあと1回・12月14日です。

 

 

小林平康

 

 

 

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お宝シリーズ−9 先鋭スキー技法の原点

皆さん、お宝シリーズ−9は当時の基礎スキー界を牽引していたスキーヤーを特集した「先鋭スキー技法の原点」です。

 

スキージャーナル紙が1977〜79年にかけて3冊発行した本です。

77年は私は出ていませんが、78年鹿島槍スキー場、79年はオーストリア・キッツシュタインホルンで撮影しています。

スキーヤーは、関 健太郎氏、丸山隆文氏、藤本 進氏、平川仁彦氏、三枝兼径氏、山田博幸氏、村里敏彰氏、79年はオーストリアデモ・アルフレッド・アウアー氏、イタリアデモ・カルロ・デメッツ氏が出演しています。

 

私にとってデモの大先輩達と同じステージで滑れることに緊張しながら撮影に臨んだ記憶があります。

一人一人が個性的で自分の滑りに自信と信念を持っている人達です。

滑る前の各自の雰囲気はレースと違う空気が漂っていました。

性格もまちまちで行動も尋常ではありません。

編集を担当したスキージャーナル紙の皆さんは大変でした。(笑い)

 

鹿島槍スキー場では新雪や悪雪もあって、写真で見る以上の悪いコンデションを見事に攻略する滑を見ることが出来ました。

私が基礎スキー界に転向する前の時代のスーパースターだった藤本氏とはこの撮影で初めて会話しました。

実は藤本氏の滑りを1972年ごろのデモ選考会で見ていました。

私の姉が選考会に出場していたのを応援していたとき黒菱の斜面を軽快に滑っていたのです。

他の選手に失礼ですがスピードが遅いので退屈していた時だったので、姉に思わず「あれは誰」と聞いています。

藤本氏はただ者ではありません。

この選考会の最終種目はポールを滑る「制限滑降」

この時、私は制限滑降の前走をしています。

なぜなら、大会役員だった方から「小林前走しろ」と命令が下り従ったのです。

後から聞いた話ですが、私が前走するとき藤本氏の周りをオガサカスキーの写真が囲んで見せないようにしていたようです。

藤本氏は大変自尊心の強い方で自分より早い人を見るとそれより早く滑るようで、転ばすに滑れば優勝を確実なので目隠しをしたとのことです。

個性が強い方でしたが二人で話しているときは、優しく何故か私を可愛がってくれました。

 

この本のおかげで大先輩はじめ沢山の方と知り合いになりスキー界で活動するキッカケになりました。

また、撮影中の思い出をいつかはご紹介する機会を作りたいですね。

 

 

小林平康

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